昭和の機関車

本日10月14日(日)は鉄道記念日だとか。
「笑天」見るまで知らなかった。

鉄道ネタ。

そもそも蒸気機関車が好きで鉄道写真を撮影するような人は、ディーゼル機関車や電気機関車は好きだったはずは無い。
でも何となく撮影した写真は残っているのは何故だろう?

DD51はディーゼル機関車の花形だった。特急列車の牽引もしているし、何となく顔が濃い(笑)。
蒸気機関車が牽引するはずの列車がDD51に変更されてがっかりした事も数多くある。
しかたがない、今日はハズレだとあきらめる。
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DD13は最も興味が無い機関車だった。
主に駅構内の入れ替え作業等に使用されていたイメージが強い。

それもそのはずで車両の入換作業には明治・大正時代に製造されたB6形や、9600形、8620形の蒸気機関車が使用されていたが、都市部では煤煙など公害や機関車自体の老朽化、動力費と人件費の増加などが問題視され始めていた。
当時の国鉄が保有していた入換用ディーゼル機関車は、DD11形およびDD12形(アメリカ製)の10数両のみで出力は300ps級であり入換には力不足であった。動力近代化計画の一環として入換用としてディーゼル機関車に1958年から製造されたのがDD13なのだ。

蒸気機関車を置き換える入換機関車として量産されたが軸重が14 tとローカル線での運用には重過ぎた。
更に客車暖房用の蒸気発生装置を持たないので1967年に製造が中止された。

電気機関車

敗戦後多くの機関車が失われしまい輸送力増強のため作られた貨物用機関車しかなかった。
復員兵や買出しなどの人が増え旅客用の機関車が不足していて終戦の翌年には新しい旅客用機関車が計画され製作が始まった。
これが直流電機のEF58である。終戦直後こと故え評判はいいものではなかった。それでも昭和24年迄31両が作られた。
当初はEF57を踏襲したデッキ付きで作られ、その製作状況から作られた31両は様々な形状で作られた。
最初に完成したEF5821とEF5823の大きな違いはパンタグラフ・側窓の数・デッキとステップである。
その後全て新しい半流線型の車体に変わり、それまでのボデーはEF5813に転用されたそうだ。
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品川駅で見かけたデッキ付きのパンタグラフの位置からしてEF57?
外観は箱形車体と両端のデッキを備える古典的形態である。
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EF5826号機
製造年月日:S23.7.30
製造:川崎車輌・川崎重工
改装年月日:S31.6.20
改装:日立製作所
廃車:S55.5.1〔浜松〕

当時のEF5826号機は「高千穂・桜島」や荷物列車や臨時列車に使われていた。

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製造年月日:S323.26
製造:日立製作所
廃車:S58.8.5〔高崎第二〕

上向き加減のつらら切りの120号機。つらら切りの取付角度は決められていなかったようだ。
EF58120号機

もしかすると当時運転席に乗せて頂いた機関車かもしれない。
ナンバー・プレートが写っていないのでわからない。
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さてEF65
我々の世代では最もポピュラーな電気機関車だ。
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500番台(P形)
高速旅客列車牽引用として、1965年から1966年に17両 (501 - 512・527 - 531) が製造され、1968年に基本番台(77 - 84) から (535 - 542) が改造竣工された。「P形」は、「旅客」を表す "passenger" の頭文字に由来する。

従来は20系寝台特急列車牽引用としてEF60形500番台を使用していたが、同形式は定格速度が低く高速運転主体の寝台特急運用に不適当であるため、定格速度の高い本形式基本番台の設計を基にEF60形500番台と同様の20系客車牽引用装備を搭載した本500番台が設計された。
塗色は直流機標準の青15号とクリーム1号ながら、EF60形500番台と同様に特急色と呼ばれる20系客車と意匠を合わせた塗り分けを採用した。両端面の窓周りを含んだ上部とそれを結ぶように上下にクリーム色の細帯を配する。
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「みずほ」?

EF65 501(2009年6月7日)

昭和39年度第3次債務で501・502号機が製造された。中央線電化・増発用を名目としている。なお、501号機は500番台では唯一、1966年から1967年にかけて0番台と同じ一般塗装だった時期があり、その塗装で寝台特急を牽引していた。

加えて、昭和39年度第5次債務で503 - 512号機が製造された。東海道本線増発用を名目としている。ただし、実際には寝台特急牽引用として投入されたため、全機が東京機関区に配置された。

2次車
昭和40年度第2次民有で527 - 531号機が製造された。山陽本線広島 - 幡生間貨物列車完全無煙化用を名目としているが、1次車と同じく全機が東京機関区に配置された[7]。

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ブルトレはカッコ良かった。でもB寝台は狭かったなぁ・・・
戦後の裕福な人の移動手段だったのだと思うけど。

500番台(F形)
空気管付き密着自動連結器(EF65 520、2011年)
高速貨物列車牽引用として、1965年から1966年に17両 (513 - 526・532 - 534) が製造された。

牽引定数1,000tの貨物列車を100km/hで牽引する必要から、P形を基本に、重連総括制御機能・空気管付き密着自動連結器・連結器の自動復心装置・編成増圧装置・電磁自動空気ブレーキへの指令機能などを追加した区分である。「F形」の呼称は、「貨物列車」を表す "freight" の頭文字に由来する。

外観上、3本の空気管コックと3種の電気連結器が前面下部に設けられてホースやジャンパケーブルが装着され、さらに連結器も上部に自動復心装置を付加した空気管付き密着自動連結器であるため、スマートなP形とは一変して複雑かつ物々しい印象となった。

この様に任務も装備もP形とは大きく異なるF形だが、製造に当たっては特に車番を分ける措置はとられず、P形と同じ「500番台」のくくりで連続して車番が振られた。このためP形、F形とも車番が連続していない。

1000番台(PF形)

旅客列車・貨物列車に広汎に使用可能な汎用機として、1969年から1979年まで合計139両 (1001 - 1139) が製造された。

標準で重連総括制御機能を備える。基本設計は重連機能を備えていた500番台(F形)に準じ、同番台の東北・上越線運用で問題となった点を改良したモデルである。寒冷地での重連運用を考慮して前面にはEF64形と同様に貫通扉を設置している。重連総括制御機能は備えるものの、F形に装備されていた10000系高速貨車対応の空気管付き密着自動連結器ではなく通常の並形自動連結器が装備され、自動復心装置も省略されている。
P形・F形の機能を併設するとされ、PF形と呼ばれる。塗色は500番台と同様の「特急色」であるが前面のステンレス製飾り帯は取り付けられていない。製造期間が足かけ10年にわたり、また途中で増備が途絶えた期間があったことなどから、1972年までに製造された前期形 (1001 - 1055) と、1976年以降に製造された後期形 (1056 - 1139) で、外観上大きな差異がある。



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Commented by genma at 2018-10-15 15:54 x
運転席の笑顔がキラッキラで眩しいねぇ。(’-^)b
読み物としてもとても興味深く楽しませていただきやんした。
やっぱいろんな意味ですごいなぁと思ってしまうよ。(^^♪
Commented by minabozu at 2018-10-16 06:47
この写真は以前にも使用しています。機関室に乗せてくれて帽子まで被らせてくれてくれたのは、鉄道好き少年には夢の様な出来事でした。あ、機関車がメインなのですが(笑)
by minabozu | 2018-10-14 13:58 | 鉄道.蒸気機関車 | Trackback | Comments(2)

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