マカオ返還されて20年
集金PAY、いや習近平国家主席が記念式典で「1国2制度の実践にマカオは成功している」と評価している。
裏を返せば香港は上手く行っていないのだ。
返還される前はマカオはポルトガル領で香港はイギリス領であった。
当時は現地で使用する香港ドルは日本に持って帰っても換金出来ないと言われていた。
だから現地で使ってきなさいと。いいね、それ(笑)
マカオ・パタカ(ポルトガル語: Pataca de Macau、中国語: 澳門幣)は、中華人民共和国マカオ特別行政区の法定通貨。
通貨の補助単位はアヴォス (avos) で、100分の1パタカ。
中国語における通貨単位は元で、補助単位は10アヴォス=10分の1パタカを「毫」、1アヴォを「仙」と呼ぶ。
広東語口語では元を「蚊」と呼ぶ。1983年より1香港ドル=1.03パタカに固定されていて2017年8月現在およそ1米ドル=8パタカ、1パタカ=14日本円。
香港ドルどころより安いマカオ・パタカなど香港に持って来てもこの価値ではマカオの土産屋の怪しげな金製品でも買ってきた方がまだましであった。当時は観光バスに乗ると日本人観光客に子供までが土産を売りに来て例えば偽物ブランドのベルトを1本でもシェンエン(千円)3本でもシェンエン、シェンエン、シェンエンと売りに来たものだった。
マカオ・パタカは、1905年よりマカオ政庁が大西洋銀行に授権し発行されてきた。
1980年にマカオ政庁はマカオ発行機構を設置して通貨発行権を取り戻したが発行業務は大西洋銀行に委託され続けた。
同機構は1989年にマカオ貨幣および外為監理署、1999年の返還時にマカオ金融管理局に改組された。
1995年以降は、中国銀行マカオ分行が2番目のパタカ発券銀行となっている。
硬貨の発行はマカオ金融管理局が行っている。
パタカは香港ドルにペッグされ発行全額に相当する香港ドルがマカオ金融管理局に預託されている。
外為規制は一切行われておらず外貨と自由に交換することができる。
マカオと香港では、マカオ・パタカのことを「葡幣(ポルトガル通貨の意)」と呼び、かつてマカオに流通した中華民国銀元や現在流通する香港ドルと区別することが多い。
しかし、ポルトガル本国の通貨は実際にはエスクード(1999年以降はユーロ)という別のものであるため、マカオでの「葡幣」という呼び方は詳しくない者に誤解をさせる。
マカオでは1966年に中国系住民による大規模な暴動がおきて中国系住民側に死者が出た。
反発した中国政府は人民解放軍を国境に集結させ謝罪と賠償を要求。
譲歩を余儀なくされたポルトガル政府とマカオ政庁の権威は失墜した。
つまりポルトガル政府は中国政府の圧力に屈服させられたのである。
マカオは親中派に牛耳られた。返還前に英国が民主化を進めた香港とは違うのである。
こうした歴史的からマカオは返還前に既に中国化されていたのである。
マカオでは99年の返還前には中国の体制下に入る前にカジノの利権を確保しようと暴力団の抗争が激化して治安が極度に悪化した。
このため返還と同時に駐留を開始する人民解放軍に治安回復への期待を寄せるマカオ市民が多かった。
進駐を拍手で迎えた市民もいたそうだ、
還後のマカオのカジノには毎週末中国本土から金持ちやマフィアがカジノに賭博をしに来ている。
カジノのあるホテルのある部分は撮影禁止だ。
私も隠し撮りを考えた事があるが中国マフィアは世界で一番危ないと聞いていたのでやめた。
香港の若者が抗議の声を上げている。
香港では自らを「香港人」と考える人が多くその理由は香港独自の文化が発達したからだ、
マカオの若者は自らを「中国人」と考える人が多い。
それは返還後にカジノ市場を開放したマカオは昨年までの19年間でGDPが9倍に激増して平均給与も3倍以上に増えた。
マカオの経済発展により最大の受益者は若者達だ。生きる権利が脅かされていると感じている香港の若者たちとは異なる。
マカオには、マカオ人として結集する土壌がない。
国家分裂や反乱の扇動、政権転覆を禁じた「国家安全法」(2009年制定、香港は未整備)がマカオ市民への無言の圧力となり、「自己規制が進んでいる」
「1国2制度の実践にマカオは成功している」
成功しているのではなく圧力により従わさせているのだ。
同じ植民地でも統治していた国力の違いが顕著に現れているね。
「マカオ・グランプリ」も賭けの対象だし「カジノ」とか賭け事の好きな西洋的なイメージが強いのだけれど。

さて日本にもカジノが出来ますな。ギャンブル依存症の治療も保険対象にするとか始める前から議論されている。
禁煙外来とかギャンブル依存の治療に健康保険税から支払われるのはおかしくないかなぁ?